いわておかえりプロジェクト いわておかえりプロジェクト

仕事を探す 仕事を探す

シゴトバクラシバいわて

岩手で働きたい人と県内企業をつなぐ、岩手県公式の就職情報マッチングサイトです。常時5,000件以上の岩手県内の求人情報を掲載しています。県内外の就職イベント情報や就職に関するお役立ち情報も盛りだくさん。岩手で働くならまずはチェック!

シゴトバクラシバいわて利用案内

マッチングシステム登録のメリットをわかりやすくまとめています。メリット①:気になる求人を保存できます。メリット②:システムを通じて企業に直接エントリーができます。メリット③:応募リクエストが登録企業から届く(かも)。

就労支援イベント開催日程

岩手県内での就職を目指すすべての学生や社会人を対象として、県内企業と学生等とのマッチング及び岩手県内への定住・定着を促進するため、「いわて就職マッチングフェア」や「岩手県U・Iターンフェア」を開催します。この機会に是非ご参加ください。

県のU・Iターン相談窓口に相談する 県のU・Iターン相談窓口に相談する

いわてU・Iターンサポートデスク

岩手県在住で就職活動をしている方、県外にお住まいの方で岩手県にU・Iターンして働きたい方のためのよろず相談窓口です。

利用時間/所在地/お問合せ

いわて暮らしサポートセンター

キャリア・カウンセラーと移住コンシェルジュが岩手県への移住に関する様々なご相談に対応します。

利用時間/所在地/お問合せ

岩手県U・Iターンセンター

職業アドバイザーが岩手県へのU・Iターン就職の相談に対応するほか、無料職業紹介も行っています。

利用時間/所在地/お問合せ

暮らしの情報や助成金等支援制度を調べる 暮らしの情報や助成金等支援制度を調べる

岩手県移住支援金

東京圏から岩手県へ移住して、就職または起業した方やテレワーカーの方などを対象に「移住支援金(最大100万円)」を支給しています。さらに、令和4年度からはお子さま一人につき30万円の「子育て加算」が追加されました。受給には条件がありますので、詳しくは県HPをご確認ください。

就職活動交通費の支援について

ふるさといわて定住財団では、岩手県へのU・Iターン就職を促進するため、県外居住者が県内企業への就職活動を行うことに伴う交通費を支援しています。詳細はHPをご覧ください。

移住定住ポータルサイト
イーハトー部に入ろう!

岩手県公式の移住定住ポータルサイトです。いわて暮らしをする上で欠かせない情報が満載。さあ、個性豊かな仲間たちが集まる「イーハトー部(ブ)」へ。あなたも入部(移住)して、新たな一歩を踏み出しませんか?

U・Iターンした方の声 U・Iターンした方の声

  • 前田 愛さん
    メッセージ

    前田 愛さん

    測量設計

    私は盛岡出身。盛岡出身の母を持つ夫と結婚し、東京で働いていました。盛岡に戻って来るきっかけは、先にUターンしていた義理の母が病気になったこと。身の回りのことにも不自由なことが増えてきて、介護をするために盛岡に戻ってきました。

    東京ではネイリストとして働いていました。午前遅めにオープンして、遅い時は夜の10時くらいまで仕事だったのですが、結婚した頃から、そういう働き方はそろそろ厳しいかなと感じていました。盛岡に戻って仕事を探していたんですが、働く時間であったり、自宅からの通いやすさでも、今働いている吉田測量設計がいいなと。その後ホームページなどもチェックしたのですが「地元密着」という経営姿勢も響きましたね。ネイリストとはまったく違う業種ですが、やってみたいなと思いました。多分都会にいたら、同じように美容業界への転職を考えたと思います。新たに別の業種で挑戦してみようという気持ちになれたのも「Uターンの効果」かも知れません。

    もっと見る 閉じる

    地元で働くことのメリットは、馴染みのある土地ということ。知り合いや友人も多いですし、自分の親に子供の面倒も見てもらえる。精神的に安心して働けるっていうのはもちろんあると思います。職場で言えば人と人のつながりの深さを感じますね。うちの会社では、上司の方々が従業員の事情を汲み取ってくれますし、女性の先輩も多くて、仕事以外の相談をさせてもらうこともあります。社員間の距離の近さも感じています。いわゆるアットホームな職場というのは、岩手には多いのではないでしょうか。

    岩手に戻って来て良かったと思う瞬間は、やっぱり自然ですかね。うちの会社からは岩手山がきれいに見えますし、目の前には北上川が流れている。四季の移り変わりを感じられる風景っていうのは、なかなか東京では難しいですし。今は、休日はちょっと念入りに掃除をして、料理の作り置きをして、お互いの両親に会いに行く。そんな一つ一つに充実感を感じています。義理の母の病気はUターンのきっかけにはなりましたが、いつかは戻りたいという気持ちはありました。私の心の底には、いつも故郷の存在があったのだと思います。

  • 宮本 英紀さん
    メッセージ

    宮本 英紀さん

    漁師

    僕は高校卒業後に自衛隊に入隊。埼玉の大宮駐屯地で9年間を過ごしました。正直、埼玉は住んでいて便利ですし、遊ぶところもたくさんあります。埼玉で暮らすことは楽しかったので、このままここで暮らすのも悪くないなと思っていましたが、25歳頃に自分の生まれ故郷である普代村に帰ることを考え始めました。自衛隊ではけっこう順調に階級が上がっていきました。そして、周りの先輩を見ていると、だいたいこんな感じの人生になるんだろうなというのがわかります。自分にとって、それはあまり魅力を感じる未来ではなかった。そんな時に故郷である普代村に帰ることを考えるようになったのです。漁師として働いていた父親も年を取ってきました。兄は別の仕事をしていて、漁師を継ぐ人間もいない。だったら自分が漁師をやろうかなという気持ちになりました。父親の仕事をそばで見ていたこともあり、小さい頃から漁業は自分にとって身近なものでしたから不安はありませんでした。

    もっと見る 閉じる

    僕は今32歳ですけど、漁師をやっている20代となると、このへんだと3人くらいしかいない。昔に比べて減っている。人が増えてくれば作業も分散できていいのですが、普代村も人が減って活気がなくなってきている。僕は結婚して子供が二人いるんですけど、近所の人たちは、自分ごとのように喜んでくれています。この地域に小さい子供がほとんどいないので、みんなが可愛がってくれる。子育ての環境としてもいいと思いますよ。真面目に漁師をやりたいという人ならどんどん来てほしい。空き家とかもあるので、普代村に来てくれるのは大歓迎です。

    移住してくるとなるとやっぱり収入は大事ですよね。他の漁師さんがどうやっているのかはわからないところもあるんですが、自分の場合は、1年間切れずに仕事ができています。季節ごとに、この時期は定置網、この時期は養殖というように、様々組み合わせることで収入を得ています。そして、漁師は支え合わないとできない仕事です。これは知っておいてほしいですね。もちろん漁師同士、ライバル意識はあると思いますが、技術であったり、道具のことであったり、どうやったらいいのかは教えてくれます。世の中にはたくさん仕事がありますよね。その中で漁師を選ぶのであれば、ある程度覚悟してきてほしいし、僕はその覚悟に応えたいと思っています。

  • 安藤 拓哉さん
    メッセージ

    安藤 拓哉さん

    印刷

    小学校から高校までを盛岡で過ごし、東京の大学に進学しました。卒業後はそのまま医療機器の部品を扱う東京の商社に就職しました。参入障壁も高くて安定性のある会社だったのですが、自分が扱っている商品でさえなかなか見ることができない。これが自分のモチベーションにも影響を与えていました。何かを作っても作ってもなかなか手応えが感じられない。満員電車に揺られながら、仕事をこなしてもこなしても、どんどん埋没していく感じ。もちろん医療に関わる大事な商品ではあるのですが、確かな手応えみたいなものが当時の私には必要でした。そして、いずれ岩手に戻りたいという強い気持ちが徐々に大きくなってきました。三十歳という節目を前にして真剣にUターンを考えるようになりました。

    もっと見る 閉じる

    戻ってくるにあたり、妻とは何度も話し合いを重ねました。神奈川県出身の彼女に岩手で暮らすというライフプランはありませんから当然です。そしてこれからの暮らしを考えれば、まず仕事が決まらないことには話が進まない。今働いている吉田印刷に採用されることで、妻も前向きに考えてくれるようになりました。ちなみに妻は東京のデザイン事務所で働いていたのですが、盛岡に来てから、同じ職種の会社に採用され、デザイナーの仕事を続けています。とはいえ、私の両親が岩手、彼女の両親は神奈川にいて、老後の生活のことなど、一緒に向き合わなければならない現実もあります。妻はデザイナーという専門職なので、どこでも仕事ができる。将来的には「二拠点生活」も考えられますし、そういう働き方ができる世の中になってきているのかなと思います。

    以前の仕事と印刷の仕事は内容が全然違います。ただ以前の自分が望んでいた「手応え」をしっかり感じられています。お客さんに提案したものが採用されて、それが実際に冊子になって配布されていたり、チラシになって折り込まれていたり、そういうものがやりがいにつながっています。印刷の奥深さに触れることで、もっと学びたいという気持ちがふつふつと湧いてきています。プライベートでは、本来の自分のペースに戻ったという感じ。ゆったりとした時間の流れが心地いい。移住してきた人や旅行で来た人が「盛岡の時間の流れって独特だよね」って言っているのをよく聞きます。それが岩手の良いところだと思いますし、自分に合っているのだと思います。

  • 小野寺 陽子さん
    メッセージ

    小野寺 陽子さん

    マスコミ

    奥州市胆沢出身で、筑波大学を卒業した後、大手新聞社に就職しました。最初の赴任地は和歌山。福井に転勤後、東日本大震災が発生し、ふるさと・岩手担当として仙台の東北総局に配属されました。記者として約2年、震災と向き合う中で、誰のために仕事をするのか、何のために記事を書くのかということをより考えるようになったんです。そして思い至ったのは、結局どこの地方都市で取材をしても、記事を書くのはどこかの誰かのためじゃなく、一緒に生きる地域の人たちのためなんだ、ということ。だったら自分がやりたいことは岩手でもできるんじゃないかと思いました。そんな思いから転職を決意。2013年に岩手日報に入社しました。今は記者ではなく総務企画部という部署で働いています。

    もっと見る 閉じる

    地元に戻ってきて、自分でも気づいていなかった魅力を見つけられたような気がします。高卒時に地元を離れたので視野も狭かったのかも知れません。大学を出て、その後はいろいろな地域で暮らしてきました。違う環境や文化に触れたことで、改めて「故郷って大事な場所なんだな」と再確認した感じです。私自身の中で一番変わったのは時間や季節の感じ方。例えば夕方、ゆっくりとオレンジ色から濃紺へと移り変わる空の色や、春に水田に張られた水に山々や緑が映るといった素朴な風景に足を止めるようになりました。働き始めてから忙しくて見過ごしてきた何気ないものへの愛着。時間と自然と人はちゃんとリンクしているんだと、そんな当たり前のことに、岩手は気づかせてくれました。昔、記者仲間に「ふるさとと呼べる場所があっていいなあ。私は家に帰るという感覚はあるけれど、地域への愛着はないから」と言われたことがあります。生まれた環境でこんなに考え方が違うのかと衝撃を受けましたし、おおらかさの中で私を育んでくれた岩手に感謝しています。お金には換算できませんが、人間が生きていく上で根っこになるような豊かさを感じる機会は、岩手にはたくさんあります。

    Uターンしてくる人が何を求めているかにもよりますけど、「挑戦」という視点に立てば、それはどこでもできると思うのです。都市部で働いていたって、岩手で働いていたって、自分の可能性が狭まる時代じゃないと思います。ちょっと前までは東京に出る、広い世界に出ることが挑戦だったと思うんですけど今は逆ですよね。この岩手で何ができるかっていうのが挑戦。Uターンしてくる人には、それを機に今までのネットワークを切り捨てるのではなく、むしろ都会で得た種を持ち帰って、岩手で開花させてほしい。私自身、「岩手に帰ってきた」というよりも、「岩手を選んだ」という感覚が強いのです。

  • 小野寺 康友さん
    メッセージ

    小野寺 康友さん

    IT

    出身は岩手県奥州市です。学生時代からIT関係の仕事を志望していたんですが、岩手県ではなかなか職場が限られていました。東京であれば仕事もあるだろうし、一度行ってみたかった。それが東京に出た一番の理由です。5年ほど東京で働いていたのですが、生活は楽しかったし、仕事も充実していました。ただ、以前から三十歳前には戻りたいという気持ちがありましたし、結婚を控えていたこともあって、戻ることを決意しました。妻は同じく岩手県出身で、子育てをするのも、やはり岩手がいいなと思っていました。どの仕事でも社歴を重ねることで、仕事の責任も大きくなってきます。それによって会社も辞めにくくなる。僕は二十代半ばでのUターンになりましたが、それがベストのタイミングだったと思います。

    もっと見る 閉じる

    岩手に戻るにあたって、やはり仕事を探さなければならない。いろいろ探している中で、自分の地元である奥州市にぴったりのIT企業がありました。それが今働いている株式会社アイディーエスです。うちの会社には東京営業所がありまして、仕事としては東京から受注して岩手の本社で制作するという形になります。新型コロナウイルスが流行する前には東京出張もけっこうありました。東京の知り合いとの縁を切らすこともなく、かつ最先端の仕事をさせてもらっている。自分が培ってきたスキルを活かすことができますし、それを地元の快適な生活環境の中で作業ができるというのは大きな魅力でしたね。東京時代は毎日満員電車で片道2時間の通勤。それに比べると今は自動車で15分くらいです。渋滞も満員もなく、自分の好きなタイミングで移動できる。岩手は自然災害が少ないですし、ストレスを感じることなく伸び伸び暮らしています。

    可処分所得という部分では、東京時代よりも多いと思います。東京に比べて出ていくお金が少なくなるので、比較的余裕のある生活が出来ています。自分のことで言えば、「幸せ度」という点では岩手のほうが高いです。人それぞれに価値観が違うと思います。もちろん一番刺激的な場所に身を置いて、そこで仕事をするのもいいと思う。自分の場合は、将来を考えた場合、岩手に暮らすことがベストという判断をしました。インターネットの普及で、僕の仕事では「距離の壁」はほとんど感じなくなりました。東京の仕事を、岩手でやる。それが自分にフィットする生き方だったということ。自分の価値観と照らし合わせて、暮らす場所、働く場所を選んでいけばいいのではと考えています。

首都圏でのイベントに参加する 首都圏でのイベントに参加する

9月3日に東京で開催!
THEいわてDAY

年に1度の「県主催移住フェア」です。暮らしや観光の魅力を発信するトークイベントや、33市町村の相談・PRブース(一部オンライン)など、岩手の魅力が大集合。東京で「いわて」に会ってみませんか?ご参加お待ちしています。

利用時間/所在地/お問合せ

いわておかえりプロジェクトとは

お盆及びお正月の帰省時期に、地元岩手に帰省される皆さんに対して、「岩手で働く魅力」や「Uターン就職・転職に関する支援窓口、支援制度」などを知っていただくことで、将来的なUターン移住のきっかけとしていただくプロジェクトです。県・市町村・関係機関の連携により、オール岩手であなたのUターン移住を歓迎します!